金 - 12月 31, 2004

今年も最期はやっぱり嵐だった。



今年最期の日。今日から9日間ほど、熊本に帰省してきまーす。
といっても三が日まではハウステンボス滞在なので、長崎空港に直で行く。
ハウステンボスまではそこから船がでてるはず。久しぶりなんで忘れた。無事たどり着けるのかひげ親子!
現地で先に帰熊しているうちのひととうちのひと一族と合流。

今年は一言で言うと、嵐女そのものの一年でした。
ひげが動けば気圧も動く。一時が万事そんなかんじでした。そんな年もあるんだろうな。ううっ
昨日だって「さぁて年末のごちゃごちゃを片づけまくるぜいっ!」と気合いを入れたとたん雪降った。
・・・てこれは関東の皆さん共通でした。急に雪降ったけど言ってられないのでドキドキしながらそれでも運転。

来年の抱負は来年になってからぼちぼち考えよう。
嵐の次はいったいなんだ?もう怖いものなしだもんねっ楽しみなのだQ。

それでは、皆様良いお年をお迎え下さい!
風邪など引きませんように。

Posted at 01:48 午前    

日 - 12月 26, 2004

年の瀬に。



人間、明確な区切りというものにどうしてこうも弱いのか。
年が変わるということは、国民総締め切り前、みたいだ。別にいいじゃないか〜!来年でも!
・・・と商店街の真ん中で買い物袋両手に叫んでみても、しゃーないなぁ。私が一番追われている・・。
ダシッ!あうっ!!(←人にぶつかって思わず声が出る)

「わ〜〜い!漫画家セットだぁ♪」
タケが歓喜の声を上げている。宅急便で白い大きめの箱が届いたのだ。
現在、彼の勉強ツールの一つである進研ゼミでは、月一のまとめテスト(赤ペン先生に出すという)を送付すると、約2週間後に赤ペンでびっしり添削された答案用紙が返送されてくる。
その添削コメントをよく読んで間違い箇所をコメントと一緒に克服していく、というのが添削系通信講座のウリ。そのとき返送された答案用紙の上すみっこに金色のシールがベロッと貼り付けられている。
この金色のシール。これこそが、遊びたい盛りのじゃりんこ達をなんとか机に向かわせ勉強させるため「進研ゼミ小学講座/ベネッセコーポレーション」が考えに考えた、子供が諸手を上げて喜ぶこと必須!のプレゼント獲得シールに他ならないのであった。

タケは母ひげが極寒沖縄ダイブに行ってる真っ只中に、この「進研ゼミ小学講座/ベネッセコーポレーション」に入会することを自分で決めた。その決意表明をわざわざ、沖縄の居酒屋で盛り上がってる母ひげのもとに電話をかけてきて延々と述べた。

「わ、わかった。自分で決めたことなら、がんばんな。」
沖縄から受諾の母ひげ・・・ちょびっと後ろめたさも感じつつ・・

9月分のテキストが一冊まるまる白紙のまま机の陰に隠してあった、それが見つかって母ひげからこっぴどく怒られた、ことを除けば毎日なんとか30分、彼は机に向かって宿題の他にこのテキストをやっていた。その血とあしぇとナミダの結晶。それが〜。

漫画家セット!

忘れていたけど、実は私にもたしかに覚えがある。自分自身が小学生のとき確かに憧れた職業が漫画家だった。(肝心の同じ顔を描くということが出来ないので挫折した。なのに高校のときは漫研にいた。)
そう、進研ゼミ小学講座の景品を見てみると、たしかに自分が小学生の頃、憧れてやまなかったものが並んでいる。
また思い出しました。私は小6のとき、(当時福武書店と言っていたベネッセの)進研ゼミを1年間溜めました。毎月届く大きくて重い茶封筒が負担以外のなにものでもありません。親にばれる頃には封も開けず、机の陰に隠していました。あまりの量にそれまで隠していた机の引き出しに入りきらなくなったのだった・・・。

自分が今小4でまわりにやってる子がたくさんいてそんな子の友だちだったなら、きっと影響されて頑張って漫画家セットを獲得したいと思う。
勉強をする動機なんて最初はなんでも良いのかも知れないと思う。
漫画家セットが欲しいからでも、変なかたちのクッションが欲しいからでも、ほほえましいなんちゃってティファニーのネックレスでも。
私は当初、こういう手をつかうことはいかんあくどいと思っていた。子供のやる気をもので釣るなんて!と思っていた。しかし、小学校も高学年近くになると子供はそれまで楽しく釣られていたとしても、結局物で釣られることはなくなる。そういう子供だましは通用しなくなる。物が欲しいから勉強をするのではないと自分が一番わかってくる。ここに小学生ならではのプライドが見え隠れする。そして、自分のために勉強をするようになる。
なんのために今勉強をしなくてはならないのか。
なんのために今学校に行かなくてはならないのか。

必ずこんなことをタケも思う日が来ると思う。
そのときにはもう、”テストを出したらプレゼントがもらえる”わけにはいかない。
勉強のために勉強をするのではないということを。
教えを乞うことができる自分の立場の幸せを。
未知の世界を知ることが出来るということの高揚感を。

そこからなにに結実していったとしても。

それは一生持ち続けられる気持ちなのだ、ということを。

実を言うと、こういうことに気づいたり考えさせられたりというのは、今になってようやくというかんじです。
私の方が教えられているんだろうと思います。
(前日書いたものを読み返し、ところどころ自分のおこがましさを感じるところあり少し修正。)

Posted at 04:50 午後    

日 - 12月 19, 2004

海の見える家。



先週はずっと物件探しに没頭した。今の家は一軒家だけれど、とにかく手狭になってしまった。もう限界容量はとうに超えている。
当初は私の部屋のみ借りるつもりだったんだけど、それが結局一家引っ越しにまで話が加速、ネットでしらみつぶしに物件を探した。
エリアは鎌倉、湘南、そして葉山。なんとか海の見える物件を。私の意見が8割を占める物件探しとはいえ、うちのひとにとっても鎌倉は魅力らしい。
10数年前にここの物件を探すときには考えられなかった、「ネットでお家探し」は考えてみれば本当に世の中便利になったもんだ。以前は自宅でファックスで白黒で、間取り図を見るのが精一杯だった。今はとりあえずその外装なり、内装の写真が見れる。中には妙に力の入った物件もあって、フラッシュで見せたりもしている。私たちは早速、鎌倉市の鵠沼海岸と七里ヶ浜、合計5つの物件を一日がかりで案内してもらうことになった。楽しみだ。なんてったって海沿いだ。おそらく土曜とあってサーファーがウヨウヨいるのが見れるだろう。

実はこのあたりに行く前にうちのひとがどうしてもどうしても見たい物件があるといって聞かないものがあった。私はその物件のプリントアウトされた写真を見て、ほんとうに驚いた。そこにはこう書いてある。「書院造り、日本庭園、700坪。」ううっ。
横浜の磯子区というところにあるその物件に、その日の朝私たち一家はカーナビでたどり着く。そしてその門構えを見た。それはそこだけ時間がとまってしまったかのような空間の入り口だった。表札に「大岡越前」・・・と書いてあっても疑うことはないだろう。そこの大家である主が出てきた。とても品のよさそうな70才くらいの紳士といった感じ。不動産屋の人と私らはその異空間にどうぞと言われ入っていった。
1931年。ここはその年に建ったらしい。立派な木が何本も堂々と生え、もみじが池を真っ赤に染めていた。池・・・池・・・池がある。「シュノーケリングができはしないだろうか。」水場をみると必ずそんなことを考えてしまう。かなしいダイバーのサガだ。書院造りと言われるそのお屋敷は周りが庭園に囲まれた360度ガーデンビューの部屋数6、その全室が畳だった・・・・なんでも年季の入った和風建築の少ない横浜市にとってこの建物は非常に価値あるらしく、重要文化財に指定したいと打診も受けているという。うおお、そんなことより廊下に置いてあった年代物の桐のタンス・・・それをガシガシ言わせながら「閉まらな〜い」とばかりに引き出しをさわっているそこのタケっ!やめてえぇぇ!!やめないかっ!
そして、足下からシンシンと冷えが襲う。靴下一枚じゃ到底しのげない。ふと大家の主の顔を見た。鼻水が・・・垂れていた。

住めるかっ!!!こんなとこっ!!!!!
暖房費だけで生活費がとんでしまうわっ!

しかし、うちのひととなんとタケまでもがこの、手にはいるかも知れない非現実の虜になりかけているではないか。やばい。やばい!私は早々にここを立ち去りたかった。
ニコニコしながらさっさとブーツを履き、玄関を出た。玄関といってもそれからしばらく歩かないと外には出れない。そこは日本庭園なのだから。

そんなキワモノの物件を見て、その後の物件がかすんでしまったのは無理もないと思う。とくにタケにとって。全物件を見終わっていささか疲れた体を通りがけのファミレスで癒やしつつ聞いた。
私「どうだった。どれが一番いいかんじ?」
タケ「・・・最初の忍者屋敷。」
うちのひと「おれも。」

まず〜〜〜〜い!!!まずいんでないかい!


うちの2人の男どもはなんだかすごくロマンを感じたらしい。女である私はそんなことよりなにより、ここで実際生活をしていくことの大変さばかりを考えた。醤油ひとつ台所に取りに行くのにいったい何分かかるのか。寒すぎる部屋でどてらを着こむのか。掃除で一日が終わり、落ち葉をはわくために5時に起きる日々。
なんじゃそりゃ・・・。そんなのいやだ。

重要文化財は見るものであって、住むところじゃないよなぁ。(つづく)


Posted at 12:38 午前    

月 - 12月 13, 2004

いつか一緒に海に潜る日。



さっきランディ本を読みフームフムと思い、ふと本から目線をはずすとそこにはタケが展覧会のために描いた絵があった。展覧会はもう終わったので自宅に持って帰ってきていた。その絵は、薄くて淡い水色で描かれた海の、絵。タイトルには「海の中で見つけた穴の中で」と書かれている。よく見なければわからないし、言われてやっとわかるほどの「穴」が左隅に描かれていて、そこにむかって、マンタやフグといった色々な魚や海中生物が泳いでいる。よく見たら小さくタンクを背負ったタケもいる。みんなでその不思議の穴に入ろうとしているのだ。この穴の中にはいったいどんな秘密があるのかな?・・・そぉんな好奇心いっぱいの絵だ。私はランディ本を読みながらふと見たこの絵に涙があふれてきた。とおとつに。もう持って帰ってきて数日が経ち、見慣れた絵になってきているというその、絵に。

・・・ああ、きっとタケはこの絵を描くときにさまざまなことを思ったに違いない。そしてそれは私に対する思いと重なっている。自分で書くのも照れるが、子供とはそういうものなんだ。私の好きであろう世界を創造したのだ。この絵を描いているときに私が不在であったわけがない。展覧会に私が来る。楽しみにやってくる。そこで海の絵を私にみてほしい。そして、ほめてほしい。わたしに心底明るく喜んでほしい。そう気づいたから、涙が溢れたのだ。

最近私は考え事をしていることが多くなり、そっちの世界から戻ってこれなくなることが多くなった。タケが私をあっちの世界から呼んでも、そういうときは反応が鈍く復帰するのに時間がかかる。そしてそういうことが多くなったということだ。そういう私をタケは最近とても気にしている。「あのね、もしボクだったらこうするよ。考え事をしているとき誰かに話しかけられたら、取りあえず自分の考え事はおいといて、その人の話を聞くよ。そしてそれが終わったらまた自分の続きをするよ。」タケは私にまるで教え諭すかのようにこう言った。昨日の公園からの帰りの車の中で、ぽつりと。

タケが私を心配するのは、私が不安定になったときだ。子供は実に敏感に母親の気持ちを察知する。すぐには心配のそぶりを見せはしないが、随分前から気が付いているものだ。

進むべき道の明かりが乏しくなってきて途方にくれかけていた私は、闇雲に走り出しそうになっていた足下の危うさにまたこうして気づかされ、「違うよ、そっちじゃないよ。」という声を聞いた。

このとき読んでいたランディさんの本の文を書きます。

女の私ですら母を守ろうとしたのだ。
男の子ならなおさらだろう。
子供の母親への熱烈な愛情は、母親の想像を越えている。母性愛は子供が母を思う気持ちには絶対にかなわない。母は子がなくても生きる。生まれた子は母がいなければ死ぬ。子供が母を思う気持ちこそが本能なのだ。母性は本能ではない。
往々にして母親は子供のナイトぶりに気がつかないものなのだ。子供がいかに母親を守ろうとしているか、母親は知らない。知らずに自分が守っていると思い込んでいる。
>>>できればムカつかずに生きたい/田口ランディ(新潮文庫)

Posted at 12:35 午前    

土 - 12月 11, 2004

犬よりヘタとわかった。



がーーーん!!!
あんまり毎日毎日デジカメ使ってるもんだから、とうとうレンズ出っぱなし。引っ込まなくなっちゃった!
「ヴーーンヴーーーーン」って可愛そうな声をあげてるし。断末魔の声・・・速攻入院だ。明日にでも。

今日はタケと車でちょっと遠出の公園に。天気がよかったもんで、サッカーボール持って。弁当はナシ。
喜んでボールを蹴り進むタケ。いやぁ、晩秋の公園はきれいだったさー・・おでん食べてうまかったさー・・・

タケは売店好きなので必ずそういうとこ行くと見つける。今日はフリスビー・・・のような・・・なんというかなんちゃってフリスビー。
すぐこういうものにアンテナが立つ。でも結局楽しそうなので買う。

さっそくピュンピュン飛ばしたが、母もタケもフリスビーは犬以下だった。

関東はお天気続きでいいんだけど、乾燥しててもう干からびそう。
海にもしばらく行けそうもないし、ううっカッパの皿が割れちゃうよぅ!
忘年会でも行って皿に水分補給せねば。

ちゅうわけで、しばらく写真のエントリーなしかも。クスン。

Posted at 11:51 午後    

水 - 12月 8, 2004

タケの部屋作り&ハムは冬支度。



いよいよ、お寒くなってきましたね。お歳暮買いにタカシマヤ行ったら、承りコーナーの前にさらに待合いコーナーが出来ていて平日なのに130人待ちだった。ひるんで帰っちゃいました。人付き合いも大事・・・体も大事・・・ううっ!お歳暮はやはり通販にお任せ(どうせ扱っているものは同じなのだ!便利になりました。)、タケの部屋作りに燃える毎日。当初は大反対だったけど、期間限定という約束で結局開設することに。しぶしぶ・・のはずが結構楽しい!自分のHPじゃないから、気楽で笑って思いっきり不真面目に作れる!いや限度はあるけどさ。一応大事な息子の仮住まいとはいえ、全世界公開部屋だしなっ!来月のオープンお楽しみに。へけ。

Posted at 08:43 午後    

土 - 12月 4, 2004

いつもここんとこに書いてあるのが、タイトル。



このブログは書くときに、「エントリータイトル」といってその日の分の上にタイトルをつけないと公開できない仕組みになっているんですが、それがどうにも苦手。だっていちいち日記にタイトル付けるなんて私には出来ない。書かないと公開出来ないと言うのも変だし、かといって「無題」とか「NO SUBJECT」とかに自動的になってしまうのもいやだし。たしかにブログは日記だけにつかうものではないしHP作成においてブログのみでHP作っている人もいるくらい汎用性があるんです。だからこそいろんな場合を想定してもっとスマートになってほしいんだけど。私の場合は日記のみに使ってるからタイトルを入力しないときは空白になってくれればそれでいい。私にブログのもっと突っ込んだ知識があればできるのかもしれないんだけど、ブログというのは最初から自分でやろうとするとプログラムがハンパじゃないほど面倒くさく、私なんかじゃ到底太刀打ちできない。うう。・・・というわけで今日もなんとかタイトルつけました。

さて、今日はロンドンに住む友人のちかちゃんから「サンプルね」といって送ってくれた紅茶の話。英国は食べ物も別にたいしてうまくもないし、最初は現地の人間関係に毎日疲れ果てていたちかちゃんで、しょっちゅう機関銃のような日本語で最後には泣きながら電話があってたころは、こっちも聞いててそのつらさかげんに泣きたくなったけど、出来る限りの力で毎回励ました。渡英して2年半。その甲斐あってかどうなのか、最近は「サンドイッチアーティスト」というバイトも見つけて忙しくしているようだ。いいね、サンドイッチアーティスト。そんなちかちゃんは昔からのお茶マスター。今回送ってくれたサンプルとやらは3種類。ローズヒップにレモンジンジャー、そして今一番おいしいと思っているというバニラカモミール。これは去年決意の禁煙に踏み切ったちかちゃんがその頃からカモミールの繊細な味に目覚め、寝がけに飲むとグッスリ眠れるそのおだやかさかげんに惚れ込んで、毎日飲み続けているハーブティということだ。タバコを吸っているときにはこのカモミールにかかわらず、繊細な味というものに鈍感で刺激ばかりを求めていたと言っていた。そうかも。いや、タバコを吸っている人が味に鈍感になるというくだり。一日一箱以上吸う人をみていると、濃い味を好む傾向が強い。いつも物足りなさそうにしていて、コーヒーをがぶ飲みしているし、キムチをはじめ激辛系のものを常備菜にしている。私はタバコは吸わないが自分にも覚えがある。刺激の強い物を好む時期は落ち着きがなかったように思う。

「英国の人はふだんマグカップでお茶を飲み”ティーポット”なんてめったにお目にかかりません。事実この家にもホストファミリーの家にも”ティーポット”なんてなかったよ。だから、一袋がマグカップに一杯分に丁度良く作られています。5分以上おいてから飲んで下さい。(中略)こちらのものは何でもあまり流行というものがなくて定番だらけです。(中略)マシュマロやクッキーとこのカモマイルティーを共に食すとマシュマロなどにバニラの香りがうつって美味です。」(ちかちゃんのロンドンレポートより)

ロンドン・・・英国・・・定番とパンクが共存しているのか・・・。最近はまたもや和ブームに沸く、ロンドン。

またちかちゃんからのロンドンレポートを楽しみに待っていよう。あと今度は本体で届くはずのバニラカモマイルも。



Posted at 03:43 午後    

木 - 12月 2, 2004

それは吹き抜ける風の音。



「ハウルの動く城」を観た。話題作をこんなに早く観る事なんてそうそうない。速攻で観た理由は無いが、キムタクっぽくないハウルの声にさぞかしまたファンも増えるのだろうと思った。きっとまだ観てない人も多いと思うのでもう書かない。

さて、今日は想像のスピードについて考えてみた。
数日前、友人のYちゃんを車に乗せてランチに向かっていたときのことだ。
最近うちの車に付いた最新型カーナビを見てYちゃんは「やっぱ、うちのより見やすいわ。」といいながら、しげしげと画面を見ていた。ふと視線が左隅の方に止まる。しばらくしてこう言った。「この、ビューって何?」なんとなく信じられないというように笑うY。カーナビには画面にいくつか誰がみてもすぐそうとわかるような見やすいアイコンが付いている。そこを選んだり、タッチパネルならそこを軽く触れるだけでモードが切り替わったりして大変便利だ。「ビューって・・・これだよ。」私は画面のハッキリ「ビュー」とゴシック体のカタカナでまんま書いてあるアイコンに軽く触れ、ビューモード画面を出して見せた。そこにはスカイビューを始め、5種類ものビュースタイルが選べるようになっていた。しかし、そんな最新式には目もくれずYちゃんは言った。
「はあ〜びっくりした。ビューっていうから今日の風はビューかと思った。
人の、一瞬で膨らんでいく想像のスピードにはものすごいものがあると思う。その後の短い会話からのみわかるこの時Yちゃんが超短時間で(それを人は一瞬という)想像し得たことを抜粋して紹介しよう。

ビューと表示されているからには本日多少風強し。それよりちょっと弱めがピュー、もっと弱めでヒュルルー、風も強けりゃゴー
・・・・・彼女は最新型カーナビに本日の風が表示されていると思ったらしい。想像のスピード。人は認知のバイアスから抜けそうになった途端、それはものすごい勢いで加速する。私らの含み笑いはいつしか爆笑になってゆくのだった。

Posted at 02:03 午前    

金 - 11月 26, 2004

第六の男。



シックスセンス。第六感。人間の五感のほかにあるとされる感覚で、鋭く物事の本質をつかむ心のはたらきをいう。このシックスセンスが研ぎ澄まされているほどいい、といわれるのは「くじ運」らしい。

タケ。年が明ければもうすぐ10才。人間の五感といわれるもの(視・聴・味・嗅・触)のうち、嗅覚が異常に研ぎ澄まされている。とくに空気中の匂いに敏感で、ひげんちの「ガス探知機」もしくは「カナリア」と呼ばれる男。

ある日の家族団らんの時間。某局のバラエティ番組「アンビリーバボー」にて、このシックスセンスのナゾについてコーナーが組まれていた。上記はそのときに改めて得た知識である。
さて、皿一杯のシュークリームが運ばれてきた。なんでもこの中に(たしか半分だけ)わさび入りのシュークリームがまざっている。出演者は見事それを第六感で見抜き、わさび入りを避けなければならない。しかし、トコロを始め、5人中3人がわさび入りに当たってしまった。ようするにハズレ。第六感は働かなかったらしい。くじ運が悪い芸能人たちが笑う。テレビで観ていた私たちもついついその画面一杯に映し出されているシュークリームに神経を集中した。私なんぞはわざわざ家事の手を止めてまで台所からやってきた。食い入るようにググッと画面を凝視する3人。

そうしてそのコーナーは終わり、CMとともに次のコーナーへ。
私は台所に戻り、うちのひとは手元に視線を戻しもとの作業を再開。・・・一人を残して。
わさわさとCMとともに動き出した私らを尻目にまだ食い入るようにテレビを観ている、タケ。
そんな後ろ姿を見て私は思った。「やっぱり子供は第六感に近しい存在なんだなぁ。今きっとなにかを感じてるんだ・・・」

くるっとタケがこっちを向いて言った。

「ねーねー。あのわさび、どーやってシュークリームの中に入れたんだろうねー?さっきからずーっと考えてるんだけど」

そういうトンチンカンなことばっかり考えてるからあんたはくじ運がわるいんだっ!

タケ。もうすぐ10才。イノシシ年でペガサスな男。今年も来年もマイペース。

Posted at 10:20 午前    

木 - 11月 25, 2004

日本人の贅沢とは。



最近観た映画はというと、家の中ではアトランティスリュック・ベッソン)、ワンダーアンダーウォーター(レニ・リーフェンシュタール)。これに続くものとして今年夏公開された、ディープ・ブルーなどが海洋物映画としてあげられると思いますが、アトランティスはビデオで観てしまったということもあって画質はイマイチだったけれど、ベッソン自ら潜って撮ってると思うとうれしい。ワンダー・・の方も監督のレニ自ら潜ってるんだけどこの人はひげの母もまっつぁおのシニアダイバー。90越えてからダイバーになったドイツ人のもと女優の監督ばあちゃん。外国人のこういうバイタリティは見習うべきだと常日頃思う。しかし映画とはいえ水中ものをみるとなんとも見慣れた気分になるのはおそらく、日本には世界に誇るNHK水中班というものがあり、実にいろんなところに潜ってはそのすばらしい映像技術で私らをしょっちゅうステキな水中世界に誘ってくれているからなんですよ。正直、レニばあちゃんの画質の良い作品をDVDとは知らず、番組と番組の合間のインターバルでなんとなく流れている番組かと思って観ていた。聞けばあの劇場公開されたものだというじゃな〜い。納得しながらも、ということはやっぱNHKの水中班はスゴイのだ。レニの映像はとてもクオリティが高く色もすばらしく、追っている魚たちの種類の多さに圧倒されます。が、こういう映像をテレビでしょっちゅう観ることができる私たち日本人は贅沢であります。それも夜中とか早朝とかあんまり人が見てない時間帯にだって、このようなクオリティの水中映像が流れているなんて。この世界に誇る映像技術でもって一発ババンと、「海洋ドキュメント足かけ5年近日劇場公開」みたいなのを制作してほしい。絶対得意だって水中班。ガンバレー

Posted at 09:39 午前    

火 - 11月 16, 2004

読書の秋。



昨日までの雨で寒い数日も、今日の秋晴れのもとチャラだ、チャラ。
というほどの良い天気だった。そんな中またもや北海道に旅立つという
うちのひとを羽田まで送って行って差し上げた。自動チェックインまでやってあげた。
いつものことだ。ゲート前にて深々とお辞儀の後、諸手を上げて丁寧にお見送りをし私は空港を後にする。

・・・ってこれじゃあまるで、どっかの社長とその秘書じゃないか。うそに決まってる。
ゲートの入り口まで見送ると、とっととひるがえり私はみやげもの屋を物色する。しかし今回は黒糖の蜜が入っているという小さなまんじゅうを買うのみにとどめた。
なぜなら私には一刻も早く、家路につかねばならない理由があったのだ。

愛車トーラスワゴンと羽田P1駐車場を出ると、左よりの環八方面へと向かう。
いつものことなので、自動的に何も考えず車を走らす。
が。
今日は何かが違う。いや、大幅に違う。どこもここも、なんか違う。
しかし私はそれでも、早く家に帰りたいばっかりに強行に車を進めた。いつもの、ように。

「環八、環八・・・」
江戸の岡っ引きの名ではない。もちろんアジ科の魚でもない。環状八号線。東京を輪のように走ってる道路。他に環状七号線(通称環七)等がある。
環八方面の標識なんぞいつもは見ることもなく、自動的に進むこの道を私は久しぶりに上ばかりをギョロギョロ見ながら、注意深く進んだ。
そのでっかい矢印が、その下の道に今にも突き刺さりそうなくらいでかい標識通りに進む。このまま標識通りに行けば、必ず環八に出れるはず。
なぜなら、標識のそれが役割なのだから。
私はホッとしながら、アクセルをさらに踏んだ。

・・・目線を下に戻したとき、道はいつもよりゴボゴボに乱れ、以前書き込まれていたであろう白い道の上の文字はヨレヨレにヨレている。
ヨレヨレのゴボゴボ。
ナナメの線だの元中央線だのをかき分けてなんとか判別できたその文字は「第一ターミナル」
「・・・・」
環八方面に出るのに第一ターミナルに行ってしまう、これすなわち、ふりだしに戻るというわけで。
おかしいと思いつつもその方向に行った。

やっぱり、戻った。ふりだしに。

「どこで間違えたんだかなー。」

実は今現在(04/11/16)、羽田は12月1日の新ターミナルオープンに向け、てんやわんやの大騒ぎで工事中なのだ。
今までのターミナルの中から、ANAが新ターミナルにお引っ越し、旧ターミナルはリニューアルされ、JALのお城となるのである。
12月1日はまさに目前。そのスパートぶりが見てとれる。

私はもう一回環八にトライすることにした。なんたって、この環八トライアルに成功しないと空港から出れない。えーえんに出れない。
「んにょーし!」
今一度目を皿のようにして標識を見、その2車線のさっきとは違う方に今度はトライした。普通だったら、どっち行っても同じでもちろん同じ目的方向に行くはず。

さっき見た工事のおっちゃんや、旗振りの兄ちゃん達。ここ数日が山場だがんばれよ、あなたたちは地図にのる仕事の一端を担っているんだから・・・!

・・・・・とかなんとかいってるうちにまた見慣れた風景が戻ってきた。おお!ここは!第一ターミナルだー

なんでだーっ!


こんな混んでてしかも怒濤の工事中でしかも旅行客やらヘルメットのおやじやらグチャグチャのターミナルまっ正面で、減速及び停止などできるはずもない。
気を取り戻す間もなく、環八トライアル続行。
もう、工事のおいちゃんの顔も旗振りの青年の顔も覚えてしまう、これでは。
私は睨み上げるように一つ一つの矢印と環八の2文字だけに精神を集中した。この方向以外に行く道などないのだ。私は環八に行きたいのだから・・・!

「ペロン♪目的地に着きましたぁ」

付けたばかりで使い方もままならぬカーナビがなんでか、しゃべった。
どうもさっき混乱した頭で触ったリモコンで目的地を指定してしまったようだ。目的地「羽田空港」

環八はどこよーどこなのよおぉぉ!!

空港前を涙目で通過しながら私は叫んだ。こんなことがあるのだろうか。

私はもうムリクリ車を止めた。怒濤の工事のただ中に。
そこに人影があったからだ。あの旗振りの兄ちゃんだ。
私は涙声でうちふるえながら訴えた。兄ちゃんに。
「環八はーいったいどこにあるんですかあぁぁぁ!」
「私もーう、3回ここグールグルぐーるぐる回ってるんですよおぉぉ!」
「今度で4回目なんですからっ!!」
知らない女にいきなり車を横付けされて、以上をまくし立てられれば誰でもひく。
しかし、私は本当にパニクッていたのだ。

「そ、そうですか、3回も・・・。でもあの、う〜ん・・・交番で聞いた方がいいんじゃないでしょうか?

ごもっともだ。その意見ごもっとも。
じゃあ教えて下さい。ドライブスルーで環八教えてくれる最寄りの交番を。

神経を逆なでされ、挙げ句に「もう一回行って来て下さい。」と旗振り兄ちゃんにトライアル続行を勧告された。
もう、泣いてなんかいられない。このままでは明後日この騒動の、今となっては「原因うちのひと」が帰ってくる便まで空港を回っていることになる。

私は右ウインカーを出した。トライアル続行。言われるまでもなく、だ。

頭を冷やしよく考えた。
「どんなに混乱したときにでも自分の頭で考えろ」
これは9月、あの欠航便続出の台風のさなか自分たちの冴えた判断力で、キャンセル待ちの憂き目にもあわず石垣島から優々と帰ってきたときにつくづく思ったことだ。
混乱の波にもまれたときにこそ、立ち止まって一回自分の頭で考えてみるのだ。そうすれば、流されずに的確な判断ができる。

たしか、ガソリンスタンドの方向に行ってたぞ。
そう、環八の矢印から右に逸れると見覚えのあるガソリンスタンドがあった。これだ!
私は都会の喧噪を離れるかのように、右方向に進んだ。そのまま進めばまたあの旗振り兄ちゃんに「あー・・・」と思われるだろう。しかし、今度は違う。
詳しく言うと、ガソリンスタンドを右方向に行くと道は二つ。以前はここを道なりにいけばよかった。しかしそれも拡張工事の途中の道だったのだ。今はそっちに行くとまたふりだしだ。
私は、これだという道を探し当て、見事に弁天橋にたどり着いた。こここそは私の家路への通過点。ああ、赤い鳥居が今日も空港の安全を見守っている。空港に行くにも帰るにもこの鳥居を拝まないと気が済まない。私はあの悪夢の空港内タイムトライアルのことなどすっかり忘れることにした。

あのような悪夢があっても、これからの楽しみに比べればヘでもない。
これからの楽しみ・・・・それは。

「ヒロシ」
ヒロシの本を読む。そして。
「ギター侍」
波田陽区・・・ギター侍の本を読む。
なんとおまけに「死ぬかと思った 5」までもが私の手中にあった。

はっきり言ってこの3冊をまとめてレジに出すのは、以前、近所の本屋で「ガッツ石松」の本と「太田光」の本を2冊一緒にレジに出したときより恥ずかしかった。
しかし、ジワジワと恥をかくより、どうせかく恥なら一度で済ます。私はいつもこの勢いだ。恥なくしてこのテの本を買わなくなっては、終わりだ。

私は先ほどの地獄のタイムトライアルのロスがやけに響いたのか、家に着くまでどうしてもどーしてもこのヒロシを読みたい衝動に駆られた。
そして衝動は、ここを曲がれば家路、を通り越し加速した。そして着いたところはタカシマヤガーデンアイランド。

おしゃれなセレブが行き交う、玉川高島屋の庭付き別館ともいうべきすてきなガーデンアイランド。
私は、車をいつもの定位置にそそくさとすべりこませた。

その横にお気に入りのカフェーCaffe'@IDEEはある。
ガーデンアイランド自体がその名の通り庭をテーマにしているため、オープンカフェーでもあるここは光が緑と絡まり合ってなんともおしゃれで居心地が良い。
このカフェーのプロデュースは有名家具ブランドのイデーだ。ランチは生パスタやサンドのセット。これがなかなかおいしい。

オーダーを伝えこの時を待っていた私は、ガサガサと本屋の袋を開けた。
「死ぬかと思った 5」
まず取り出したのは、まあ、本日の三番手と言ってしまうと悪いんだけど、これ。
「どーれどれ」

三番手はイマイチだった。テーマも5まで続けばだらけるのかもしれない。といっても私は1〜4まで読んだわけではない。
次。

正直、ヒロシか、侍か非常に迷った。ものすごく葛藤した。立ち上がって人様に聞いて回りたいくらい迷った。
しかし、ここはおしゃれなセレブのランチの場。それができようはずは、ない。
だから、一人で悩んだ。

「ギター侍の書」

なんだか、悪いような気がした。ヒロシにではない。波田陽区に。
私はその1ページを開いた。

つい、「残念」と「斬りー」そして「切腹〜」のロゴの部分を音読しそうになった。
ここで、パスタ登場。本日のパスタは地鶏となんとかキノコのなんとかソースハーブ風味。
ここのパスタの名前を覚えられた試しはない。

目の前にあるもう一脚の椅子の上にチラッと本屋の袋が見え隠れしている。あの中には最後の一冊。
私はそっちを見たいような見ないような、そんな気持ちでそそくさと生パスタなんたらキノコなんとかソースを食べた。
視線は釘付けだった。・・・・袋に。



が、結局ここで全部目を通してしまうことに罪悪感を覚えた私は、パスタを平らげたにもかかわらずその袋から最後の一冊を出さなかった。
家路へ。家に帰るのだ、家に。とにかく家に。

なにかに・・・ヒロシに突き動かされるように私はせっかく来たおしゃれなガーデンアイランドのおしゃれな雑貨に目もくれず、一目散に家に帰った。
今思えば、空港からさっさと家に帰ればよかったに過ぎないが、たまにはこんな無駄な行程も必要なのかもしれないのだ。人生ムダばかり。

玄関を駆け登り、手を洗いうがいをし、トイレを済ませた。
私はヒロシを大事そうに袋から出すと、表紙をめくるやいなやまるでガラスの仮面の北島マヤが台本を暗記中のように、とたんに読みふけった。目はすわっていただろう。



「キンコーン♪ガシャガシャッ」

「ハッ」

インターホンの音で我に返った。玄関そして、居間のドアが開きタケが立っていた。
「あれーママ寝てたのー??きゃわ〜〜うんちうんちー!」

私が鍵を開けるのを待てず自力で家に入ってきたタケが、毎度のようにドタバタとランドセルをぶん投げ、トイレに入っていった。

ぼーっとした頭で「命」のようなかっこうをして寝ていた自分に気が付いた。

ヒロシ。まだめくったページは3ページ。
明日が楽しみだ。

Posted at 01:00 午前    

月 - 11月 8, 2004

10月31日はHALLOWEEN



Diaryあらため、Hige's Diaryが100タイトルになった。
そこで、一息ついてしばらくお休みしてました。
さてまた、ぼちぼち行こかー。

お休みしてたら、もう11月。今年もあと2ケ月と残り少なになりました。
先月末に「去年のリベンジハロウィンパーティー」を予定していたうちのタケだったが、
雨でお流れ。で、一週間後の11/6に友だち6人とやってました。ハロウィンパーティー。

しかしなんでか、日本ではまだまだ認知度が低いハロウィンパーティーに妙にこだわる、タケ。
そしてなぜにリベンジなのか。それにはこういうワケがあるんです。

去年の9月の終わり頃。どこで聞きつけてきたかいきなり「ハロウィンハロウィン」と言いだし
ハロウィンについてのウンチクを語り出した。ここでポイントなのは仮装をして子供らが練り歩く、というところ。

その後に起きることなど想像だにしてない母ひげは、その仮装の衣装を新聞紙で作るというタケを横目に、放っておいた。
まさかあれほどまでのタケのハロウィンに対する情熱に、このとき気づいてさえいれば。

タケは何かに取り憑かれたように、床に新聞紙を広げそれを二つに折りたたみ袖のあたりをヒラヒラに切り(タケ以外の人間にはガタガタに見える)
脇を貼り合わせた。そして絵の具を持ち出し、その広大な面積を持つ服らしきもの全面には辛すぎるほどの細さの筆で、色を塗り始めた。

2時間・・。いや3時間は経ったろうか。せっかちにも先に脇を貼り合わせたため前面しか塗れなかったらしい。
相当くやしい形相のタケ。完成は次の日に持ち越された。

この服らしきものがようやっと完成したのは、ハロウィン(10月末日)の1ケ月も前だった。

それからの1ケ月間。タケにとってはさぞかし待ち遠しくもどかしく感じたことだろう。
しかし、その間ハロウィンというものの認識がどんどん自己の脳の中で加速度的に飛躍し、とうとう爆発寸前で当日を迎えた。

朝。ソワソワと落ち着かないタケ。しかしまだ事に移す気配はない。聞けば3時に近くの公園で友だち数人と待ち合わせをしているという。
みんな仮装をしてくるんだ、と。
この時期の3時といえば、そろそろ陽も傾き始め、夕方のようだ。その頃待ち合わせをして、夕方モードでハロウィンか。考えたなぁ。
この時点では母も脳天気だ。

昼過ぎ。タケは画用紙で小さな三角形を2枚作った。

キバだ。

タケは小さな頃から目で見たものをそのまま2次元に写し取り、はさみで切ってはそれをそのまま体に貼り付けたりして、見立て遊びに興じていた。
少し大きくなった今でもそれは変わらず、本日の仮装のお題「ドラキュラ」のキバは画用紙をただ切っただけのペラ一枚。
それでも彼の頭の中には、完璧に怖いドラキュラがいるのだ。

3時になった。この時をタケはどんなに待っていただろう。それは母にも痛いほどよくわかる。
いってらっしゃいタケよ。思いっきり怪しく妖気を漂わせてこい。できればキバがハラリと落ちて無くなったときのためにスペアも持って行ってほしいくらいだ。

タケは例の1ケ月も前から用意していた色つき新聞紙・・・ドラキュラの衣装をガサガサと着こみ、新品のキバを口元にセロテープで貼り付けて、思いっきりの妖気を漂わせ、のしのしと玄関を出て行った。


30分後。

タケは帰ってきた。出て行ったときのまんまのかっこうで、玄関に立っていた。

友だちは一人もこなかったらしい。

さすがに1時間はへこんでいた。
悶絶するタケ。
それは友だちがこなかったこと、というわけではどうもないらしい。
こうなったらもう、どうしたってハロウィンというものをやってみたくてしょうがない、といった悶絶。

新聞紙をちゃんと脱ぎ、ちゃんとたたんでいるところをみると、まだあきらめてはないらしい。

しばらくしてタケが立ち上がった。(悶絶中は床に突っ伏していた)
そして、また新聞紙・・・ドラキュラの衣装を手に取った。

行くんだな。タケ。母はもう何も言うまい。おまえの選んだ道だ。だったらおまえらしく進むのだ。誰もおまえを止めはしないよ。

タケには一縷の希望があった。
それは夕暮れ。あっちこっちからお化けに仮装した子供たちがワラワラと出てきて、いつしかそれが列を成し、みんなで各家々を廻っておどかす。
口々に叫ぶのは「トリックオアトリート!」そして家人からお菓子をもらうのだ・・・・だとすれば、ハロウィンの真骨頂はこれからだ。
そっかーだったらさっきは時間的に早すぎた。

希望を胸にタケは夕暮れせまる4時半すぎ、玄関を出て行った。

30分後。

とっぷり日が暮れた。もう外は暗い。母はちょっぴり心配になった。そして庭の戸を開けて外を見た。

「うおっ」
びっくりしたのは、薄暗い垣根の向こうにぼんやりとドラキュラが見えたからだ。
そう。そこにはドラキュラが立っていた。いささか小振りの。

私はその気配を感じながらじっと身を固く口を閉じていた。
しばらくするとドラキュラは、ガサガサとマントをひるがえし去っていった。
ガサガサガササ・・・・・・その去る音はいつまでも聞こえた。

それもそのはずだ。ドラキュラはそのまま玄関に帰ってきた。まだ明かりもつけていなかった暗い玄関に立っていた。

悲嘆に暮れたその姿。口の端のキバはよれて曲がり、新聞紙はさすがにくちゃくちゃになっていた。
そして、目には今にもこぼれんばかりの大粒の涙が、2つ。


今思えば、これは壮大かつ無計画なタケの思いこみであった。
友だちと盛り上がった上での口約束、結局だれも心底日本人。ハロウィンがなんなのか知ってるわけもなく・・・。
大人の私もなんなのか、今だにわからない。タケはこの日、夕方になるとあっちこっちから仮装した子供達が沢山町中を練り歩く姿を
想像しそんな楽しいことが毎年行われていたなんて、知らなかった自分がくやしいとでも思っていたに違いない。
よく考えてみればわかる。タケよ。毎年、その頃そんな夕方にそんな子供がかつて一人でもいましたか。

が、子供らにとって(ちゅうか今回はタケにとって)ハロウィンがどうしてこうも魅力的なのか。
それはきっと「なんとなく怪しくて怖い。」というところかなと推測。
子供はハッピーなだけでは物足りなくなってくるのだ。大きくなると。
怖いことも、怪しいことも、世の中のそういうダークな部分も知りたくなってくるのだ。
ハロウィンのなんだか不思議な雰囲気に興味を持ち、1ケ月かけてその様子をどんなにかうっとりドキドキ想像し、大きく大きく膨らませた結果
自爆こそしたが、そのくらいであきらめるほど憧れは弱くない。
みなさん、想像して下さい。
日もとっぷりくれた夕方の住宅街に、新聞紙を着て口になんか貼り付けた子供が一人向こうからガサガサ歩いてくることを。
そのときすれ違った女の子にタケは言われたそうだ。
「なぁにぃ?あの子ぉ・・・」と。

にも関わらず、タケは言う。「来年は、新聞紙はやめとこう。」
・・・来年もやるらしい。

懲りない思いこみ男、タケ。
しかし、母はこう思う。
その懲りない思いこみこそが、いつしか羽根を持ち、すばらしい創造性となって羽ばたいていくことを。

・・・・そして、今年。
テラスの床がよくぞ抜けなかった!「リベンジハロウィンパーティー」大盛り上がりで終了です。

・・・たしかに秋の夕暮れ、色々に仮装をした子供達が寄って集ってお菓子をもらいにくるのって楽しいかもね。
これからどんどんこのパステルカラーではない妙な雰囲気の”おまつり”が、子供達の楽しみなイベントとして認知度が上がりますように。
そして、このはなしは認知度が上がる以前の・・・ささやかな笑い話というわけで。

Posted at 12:28 午後    

金 - 10月 22, 2004

台風一過



今年の一番超猛烈な台風23号が大騒ぎするだけしてサッサと温帯低気圧になって、去っていった。

今年の台風は、一個増すごとに態度がどんどんでかくなり、ものすごいパワーを局所的に吹き出しているかんじ。
台風というより、私には竜巻のようにも感じる。

さあ、来そうだなという昨日はタケの習い事の日。ワイパーも悲鳴をあげるほどゴーゴー雨の降る中、
けぶる車窓に下校途中の赤いランドセルが見えた。
・・・・傘をさしていない。しかし、手には傘。気にしたふうもなくズンズン歩くその女の子。
早速タケに聞いてみた、ひげ母。

ひ「・・・ねーねー。あの子傘さしてないよ。」
タ「ほんとだ。」
ひ「なんでだろ。」
タ「・・・・いやなことでもあったんじゃない?」
ひ「(へぇ!まぁ〜!と思いつつ)タケもいやなことあったとき、雨にぬれたくなるんだ・・・・。」
「いいやぜんぜん。」

・・・そう・・・。(ひゅ〜・・)


一夜明け、台風一過。雨もやみなんとか約束のランチにお出かけ。
今日は数年来のママ友5人で二子玉川で待ち合わせ。
去年あたりからタマタカ付近がガラッと変わってしまって、本日予定していたお店も別のお店になっていた。
とりあえず、ヘルシーそうということでここに決定。ランチはなるほどお野菜たっぷり。というかてんこもり。
黒米のリゾットもこれまたヘルシー。
おデザも生姜のアイスに素揚げのバジル、ナゾのお飾りがそびえ立ち、妙にインパクトな一皿でございました。

タケが3才くらいの頃から通っている幼児教室(というんだろうか)のママ友なのでもう5〜6年のお付き合い。
以前は週に一度の教室ごとに会えてなんじゃかんじゃと話せたもんでした。
今はバラバラになってしまったけど、こうやってたまーに集合してはお楽しみランチをしてる。
子供たちがそれぞれ違う小学校に通っている・・・っていうのも、おもしろいのかも。


Posted at 01:47 午前    

土 - 10月 16, 2004

モロミス←バカ変換大賞



もろみ酢のことを友達に教えてもらったり、BBSで話題にしたりしてリサーチしてる今日この頃。
で、んにょ〜し!と思ってましたら、ジュンジュンから夢の沖縄玉手箱が届きました。その中には。
ジャジャーンもろみ酢だぁ!それもイチオシ黒糖はちみつ入りの「まさひろもろみ酢」BBSで話題になったあれです。
うわ〜〜いありがとうジュンジュ〜ン♪
ほかにも、もろみ酢無添加バージョンとかスッパイマンとか・・色々入ってたっ。うれしい。

もろみ酢。泡盛をつくるときにできる副産物で酒粕(これがもろみ)をさらにぎゅっとしぼってろ過、加熱殺菌したものがもろみ酢で、
クエン酸やアミノ酸等の栄養分が豊富(パッケージの説明より)だそうです。効能はBBSのジュンジュン談のようなことが期待できるそう。
新陳代謝がよくなり、疲れにくい体に・・・。

さて夕食後。
ではではとありがたく箱をあけ、飲んでみた。

小さいカップが付いていたのでそれに注ぐ。そのままではどうしても飲めなさそう、で、
愛飲のプーアル茶で割ってみた。氷もたくさんいれて。

・・・プン・・においがする。あの独特の。うう。
ええい!ひげ一気飲み。・・・うお。
ハナちゃん曰く、「もろみ酢は黒酢よりも断然飲みやすい。」
そうか。たしかにそうかも。黒酢はモロ、酢!というかんじだもんなぁ。
もろみ酢はそれに比べたら、混濁具合がまろやかさを醸し出しているというかんじ。
よし。なんとか続けられそう。

そうそう。今日でそういやKimi's Blue一周年だ。
そうか・・・。実はこれって誕生日のプレゼント?!だったのかも。うっひょ〜!

というわけで、HPももろみ酢もがんばるぞい。これからもよろしくね。

Posted at 02:52 午前    

水 - 10月 13, 2004

タケ、エイサー舞う。



10/10はタケの運動会。ほんとは9日だったのだけど、あの台風で運動会ごと吹っ飛んだ。で、次の日に延期。
でもよくもまぁ、次の日に開催できたもんだ。このままずるずる延期になって、この連休は毎朝運動会弁当作る羽目になるのかも、と思ったけどとにかくよかった。
今年は、熊本からシニアダイバー母も運動会観戦を楽しみにわざわざ上京してきているので、にぎやかに出発。
さて、入学当時からずっとこの日を密かに楽しみにしてきたひげ。なぜならば、タケの学年になると(4年)恒例の沖縄”エイサー”が演目なのだ!キャキャー!

練習を重ねている子供達の縁の下、親たちには事前に果たす使命がある。そして練習しておかねばならないことがある。それは。
脚絆(きゃくはん)といわれる白黒縦縞の足(すねの部分)に巻く布を製作すること。1.5センチ幅にシマシマに線を引いて、油性ペンで黒の部分を塗る。ひたすら、塗る。
・・・く、臭いよおぉ。マッキーで黙々と塗っていたらあまりに臭くて、ラリってしまう。ツライので、マスクを着用しさらに塗る。
途中でマッキーがカスカスになってしまい、コンビニへと走る。残り一本だった。セーフ!みんな、今夜臭い思いをしてこのシマシマを塗っているらしい。頑張るのだ。そして、次の日。
エイサーでまず目を引くのは頭に巻いている紫の布。この巻き方を習う。そして出来るまでたとえ寝ている子供の頭を借りてでも、ひたすら練習。
・・・なかなかうまいこと考えてあるもんだ。布一枚でかっこいいのだ。この頭に巻く布のことを”マンサージ”という。

こうして、迎えた当日。順番は、昼食後4番目。タケたちは運動会弁当もそこそこに、着替えに行かねばならぬ。続いてひげたち母もマンサージ装着に向かう。場所は体育館前。
すでにほとんどの親が子供の頭にきっちりとマンサージを結びつけている。まるでこれから出陣する若侍をねぎらう母たちというかんじ。タケもなみなみならぬ気合いだ。目が燃えている。

そういえばさっきなんと万年ビリのかけっこで、信じられないウルトラどんでん返しがあった。
万年ビリとはいえ写真くらいは撮ってやろうかと、シニアダイバー母、ひげ、そしてたたの3人は第一カーブの真ん前にベストポジションを取った。タケ、18レース。
私たちは緊張感も全くないまま、ダラダラ待った。で、タケの番。
パ〜ン!
駆け出す男の子に女の子。あぁ、かわいいもんだ。80メートルを一生懸命駆け抜ける。が、しかし。
・・・・・ありゃ?

・・・・・・・・・ありゃりゃりゃ???

ひげはにわかにファインダーを覗く目が血走った。そして夢中でシャッターを切った。カシャーカシャーカシャー
なんと!万年ビリがシュタタターっと見たこともない早さでひげの前を駆け抜けて行ったのだ。あれよあれよ。

・・・タケは結局、2等に食い込んでゴールした。あわや1等という際どい団子状態で。

なんと!

そう、ついさっきこういう奇跡がひげ一家におこったのだから、次の演目エイサーに気合いが入りまくるのもムリは無し。
マンサージを巻くひげの手にも力が入る。ぐぐっ。しかしあまりに力を入れすぎた。
「痛い!いたーいい!!」←タケ、体育館の前で哀を叫ぶ

準備はできた。母たちはその気高く勇ましい後ろ姿を見送ったのだった。

「踊れ〜踊るんじゃ〜悔いなく舞え!!!」

上下黒の服、脚絆白足袋、そしてきりりとマンサージ。手には朱色のパーランクル。
まだ幼い中に、精一杯の誇りをこめて、みんなは堂々とエイサーを踊っていた。
紫のマンサージをひるがえし、勇壮なかけ声をあげ、パーランクルを叩き鳴らした。

「7月エイサー待ちかんてぃ」を力の限り踊った子供達の、退場門をくぐるその顔はどの顔もみんなピカピカだった。
郷土芸能をこんなに誇らしく踊る子供達に、私たちの時代には教えてもらえなかったなにかをみたような、そんな気がした。

(パーランクル・・・エイサーのときに持って踊った丸い小さな太鼓 マンサージ・・・今回紫色で200*40くらいの布を使った 脚絆・・・すねのところに巻く縦縞のひもの付いた布)


Posted at 01:23 午前    

















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